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角田昌夫のお勧め鉄道の旅;その1

我がイギリスの原点は、 

「ベッドフォード」に在り。

前書き

こんにちは!私は角田昌夫、愛称を「ツノピー」と言います。今までも、マックスさんのホームページに「旅シリーズ」を連載してきました。

このたびは新シリーズを勧められ、再び始めることにしました。このシリーズでは、私が過去に旅した鉄道や駅、思い出の場所などを連載していこうと思います。最近どんどん増えている「鉄ちゃん、鉄子さん」が海外を目ざす時、お役に立てばと思っています。先ずは、乞うご期待!というところでしょうか。

さて「ベッドフォード」は、イングランド中央部にあるベッドフォード州の州都です。連載第1回にベッドフォードを取り上げた理由は、ここベッドフォードが私のイギリスとの出会いの原点だからです。

今を去ること50余年前の高校生時代に、私は一人のペンフレンドを得ました。彼女の名前は、「アン・ブオジュラン(Anne Boisgerin)」。名前のとおり父親がフランス人、母親がイギリス人のハーフでした。父親は戦時中ドゴール政権のジャーナリストで、あの「シャルル・ドゴール将軍」が彼女の名付け親だったそうです。聡明な彼女を通じて私は英語に慣れ親しみ、イギリスへの憧れを広げました。そのアンはベッドフォード郊外の村に住んでいて、イギリス文化や習慣から映画、文学まで教えてくれました。私の夢はいつか彼女の故郷ベッドフォードを訪ね、彼女に会うことでした。今なお元気ならば、65歳くらいになるでしょうか。年月が過ぎ彼女との出会いは成りませんでしたが、1998年のイギリス訪問で念願のベッドフォードを訪れる機会をえました。

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出発は、ロンドンの「セント・パンクラス駅」です。今日ではユーロスターの始発駅として、ヨーロッパ大陸への玄関となっています。

ロンドンの「セント・パンクラス駅」から、シェフィールド方面へ「ミッドランド本線」が伸びています。ベッドフォードまでは距離にして130km、乗ること40分で着きました。もっともこれはIC(インターシティ)列車で、各駅停車の郊外電車も頻繁に走っていました。更に近年にはベッドフォードから南下して、ロンドンの中心部を走り抜け南部の「ブライトン」まで行くBBライン(ベッドフォード・ブライトン線)も運行されています。この路線はロンドン中心の貨物線や支線を、何か所かのポイントで繋ぐ面白い線です。

さてベッドフォードの駅に着くと、駅舎はモダンなガラス張りに改築されていました。まず構内の案内所で市内の案内図を貰い、市内を貫流する「ウーズ川(Ouse)」を目ざします。この川はヨークを貫流するウーズ川とは別の「大ウーズ川(Great Ouse)で、ハンバー川に注いでいます。案内図を片手に歩いていたら、中央広場に出ました。ここベッドフォードは、近隣の農産物の集散や商業で栄えた町です。ウーズ川への方角を見失い、近くの店で聞いてみました。店のマスターは、わざわざ店を離れて川まで案内してくれました。彼は温厚で、聞き取り易い英語を話す紳士でした。イギリス人の英語にも、かなりの個人差があるようです。この川の上流に旧友「アン」の村があり、ボートで川遊びをしたことなどが手紙に書かれていました。また別のウーズ川が流れるヨークには、今はこれまた親友「リンダ」が住んでいます。彼女はポーランド人を父親に持ち、私をイギリスと結びつけた二人の女性「アンとリンダ」は、二人とも父親を外人とするハーフであることに偶然の不思議さを感じます。

tsunoda2.bmp「市内を流れるウーズ川に架かる橋です。なおウーズの語源は、北方から来たデーン人に由来するそうです」

さてウーズ川に架かる橋を眺め、今度は町の広場へ出ました。ここに建つ銅像は、この町の偉人「ジョン・バニヤン」です。牧師のバニヤンは異端の罪で、この町の牢獄に10余年投獄されました。獄中でバニヤンが書いたのが、「天路歴程(Pilgrim Progress)」です。イギリスの子どもは幼い時、必ずこの本を読んで貰って育ったそうです。私は青年期に、松本亨先生のラジオ英会話で聞いた覚えがあります。再び駅に戻り、ロンドンへの帰途に着きました。

私を初めてイギリスと結びつけてくれた「アン」に、心の中で別れを告げベッドフォードを離れました。

 

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「広場には、ジョン・バニヤンの銅像が建っていました。近くには、バニヤンゆかりの牢獄跡が残っていました」

 

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「川沿いには、レンガ造りの倉庫群 「帰りのインターシティは、人影

 が並んでいました」        を見ませんでした」

                     

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