ツノピーこと 角田昌夫お勧めの旅我が妻のエピソード 私の旅記録を読んだ方から、しばしば「奥さんが出てくると、面白いですね」と言う言葉を聞きます。思えば妻とも、世界各地を旅しました。俗に「夫唱婦随」という言葉ありますが、私ちの場合は正に「二人三脚」の旅でした。そこで今回のページを、「我が妻のエピソード」と題してして、数々の珍談・奇談をご紹介いたします。もっともこの内容は妻に無断で紹介しますので、くれぐれも内密にお願い致します。なお写真は主として、1996年冬のイギリス旅行で撮影したものを使いました。従って妻は、10歳以上若いはずです。 イギリスのローカル線にて、1996年冬の旅です。こちらは今年の4月。オーストラリアへ向かう機内にて。1.妻が行方不明 長い道中のことですので、妻と行きはぐれたことが何度かありました。幸いなことに、警察へ届ける事態になったことはありません。その大半が私の思い過ごしで、妻には行方不明の意識が全く無かったようです。このエピソードは、若い頃のフランスは「ボルドー」の出来事です。パリから列車で南西フランスのスペイン寄り、ボルドーへ着いた時のことです。ホテルに荷物を置いて、さっそく市内の散策にでました。目指すは、ガロンヌ川に架かる大橋です。私は地理学が専攻だったので、余分な雑学やコダワリがあります。橋の上から、ワインを輸出するという「ガロンヌ川」の港をぜひ見たかったのです。またジャン・ギャバン主演の映画「ヘッドライト」に、ご贔屓の女優「フランソワーズ・アルヌール」が河畔を歩くシーンがありました。さて橋の上から憧れのガロンヌ川を眺めて、帰途に着いた時でした。何と、辺りに妻の姿が見えません。「変だな!」と橋脚をぐるぐると回りましたが、妻が見当たりません。実はこの旅の直前に、日本人の女性が誘拐されたというニュースがありました。「さては?」と要らない不安が、頭をよぎります。もしかしたら先にホテルにへ帰ったのかと、急いで戻りましたが部屋に妻の姿がありません。「これは、警察か?」と嫌な予感を抱きつつ、念のため再び橋に戻る途中でした。ナント、向こうから妻が鼻歌混じりで歩いてくるではありませんか。「いったい、どこにいたんだ?」と聞くと、「貴方こそ橋の回りをぐるぐる歩いて、何をしていたの?」と聞き返へされました。何のことは無い、大きな橋脚の回りでお互いに行き違っていただけのことでした。私の早合点のことだけに怒ることも出来ず、まずは目出度しメデタシの一件でした。昨年のイギリス旅行でも一時妻を見失いましたが、すぐに見つけ出しこれもメデタシでした。 ウィンチェスター大聖堂で、熱心に祈る妻です。右は、ブリストルのウォーターフロントにて。1996年の冬は、寒い旅でした。2.妻がストライキ 私が一方的に妻を引きまわして、よくストライキを起こされました。「もう行かない!」とか、「私はここにいるから、あんただけで行ってきて!」とか言われました。まさか海外で妻を独りにするわけにもいかず、全て私の妥協で解決をみました。代表的な例は、1986年のイギリス旅行の時でした。東部イングランドの「リンカーン」に、イギリス三大聖堂の一つ「リンカーン大聖堂」があります。美しく復元されたリンカーン駅を出ると、目の前の丘に大聖堂が聳えています。さて丘を登ろうとすると、妻が突然「私はここのパン屋にいるから、貴方だけで見てきて!」と言います。私としても、妻を異境の地に残す訳にはいきません。ここは妻に妥協して、丘の下からリンカーン大聖堂を眺めて済ませました。聖堂といえば、この他に「ウィンチェスター、ダーラム、ソールスベリー、ヨーク」等々、ずいぶん眺めています。またトラブルの原因の一つに、私の趣味があります。私は鉄道を趣味として、機関庫などを見に行きます。妻にすれば、鋼鉄の塊などに何の面白みがあるのかと感ずるようです。この場合は仕方なく妻にカフェで紅茶をサービスして、その間に私が見学するなど何かと苦労したものです。でもいつの間にか「この勾配は1000分の25ね」なんて言いだし、「鉄子さん」になった妻です。 左は、グレート・セントラル保存鉄道にて。私に付き合ってホームを歩く妻です。なお機関車は、08形式のディーゼル機関車です。右はシャーウッドの森で、ロビンフッドゆかりの樫の樹を背景に。
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