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我妻のエピソード 2  / 角田昌夫 お勧めの旅

我が妻のエピソード-2

3.妻が怒った
 
これは私に怒ったのでは無く、ホテルの主人に怒ったエピソードです。初めてイタリアのローマを訪れた時、テルミニ駅でペンションのオーナーに宿泊を勧誘を受けました。特に予約もしていなかったので、そのペンションに泊まることにしました。まだ昼前だったので、食堂入ってランチを頼みました。ところが食堂は、すでに客で一杯でした。マダムにスパゲッティを頼みましたが、そのマダムはスパゲッティの束を抱えて立ち話しをしています。それを見た瞬間、妻は怒って「もう食べない!」と部屋に帰ってしました。仕方なく私一人で、食堂でランチを待っていました。やっと二人前のスパゲッティが運ばれてきましたが、妻がいないのに気が付いたマスターが「マダムは、どうしたのか?」と聞きます。私が何と言ったものか迷っていると、マスターは頭に手を当てて「マラテスタ(頭痛)か?」と聞きます。仕方なく「シー、シー(ハイ、そうです)」と、ここは巧く逃げることが出来ました。後で妻曰く、「あんまり遅いので、腹が立った」とのことでした。妻はどうやらラテン人のテンポには、ついて行けなかったようです。
 
ブラックプール・タワーの中には、世界ダンス選手権の会場がありました。この直後に映画「シャルウィ・ダンス」に会場が出て驚きました。なおこの時スコットランドは-37度の大寒波で、ホテルのボーイさんは「シベリアより寒い」と言っていました。

4.妻に助けられた
 
これこそ、旅先で妻に助けられたお話しです。我が恥を晒すようでお恥ずかしい限りですが、実は1988年の旅でパスポートの盗難に遭いました。場所は、イタリアのローマです。そろそろ海外旅行にも慣れてきて、油断が出た時でした。しかもイタリア語もある程度話せて、自分では旅の達人のつもりでいた時です。午前のコースを終えて、ホテルへ戻りました。フロントで明日のパック旅行の予約をして、代金を払おうとお腹のポシェットを触ったらチャックが開いていました。変だなあと、中を探したらパスポートや航空券などの一式がありません。勘違いかと思い、部屋に戻ってカバンを探してもありません。この時点で、盗難に遭ったことがはっきりしてきました。実はこの旅行には、妻の他に4名の同行者がありました。立場上で、私がリーダー役を務めていました。正にリーダーとしての面目丸つぶれで、合わせる顔がありません。
ともかく盗難届を出そうと、空港の警察へ行きました。簡単な聴き取りの後で、ローマ市内の警察署を紹介されました。その警察署では、英語が分かる刑事がいないとのことです。次の警察署へは、なんとパトカーに乗せて貰いました。しかも隣の席には、美人の警察官が座りました。ここでローマ市内を、サイレンを鳴らすパトカーに乗るという稀有な体験をしました。次の警察署で盗難届を作成して貰い、その後の手続きは順調に進みました。
さてこの時に、妻の存在が極めて重要になりました。パスポートを持たない無国籍の私に妻が身元保証人になりました。妻が同伴する条件で、私に「一時帰国証明書」が出されました。あれやこれやで、ローマ滞在の3日間に写真を初め全ての書類を揃えて帰国できました。まさに、妻なくして我が存在無しの思い出です。


ローカル線で、ペニン山中の静かな町「マトロック」を訪れました。

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