ツノピーこと角田昌夫お勧めの旅
ハンニバルが越えた峠ブリアンソン訪問記(Briançon)-part1 1999年10月7日~15日 いつの頃だったか、南フランスにカルタゴの名将「ハンニバル」が象を連れて越えた峠があると聞きました。紀元前218年スペイン南部のカルタゴ領から、ハンニバルは4万6000名の兵に象37頭を連れてイタリア遠征の途に着きました。ハンニバルの軍は、南フランスのローヌ川を渡り象とともにアルプスの峠を越えました。イタリアに入ったハンニバルは南イタリアの「カンネー」でローマ軍を破り、名将の名前を歴史に残しました。1999年のフランス旅行で、ハンニバルが越えた峠を目ざし麓の町「ブリアンソン」に滞在しました。背後の山から見下ろした「ブリアンソン」の市街です。町を守る砦を前に、背景にはアルプスの高峰が見えます。名曲「川は呼んでいる」 私の青年時代に、フランス映画「川は呼んでいる」が公開されました。映画は南フランスのデュランス川を舞台に、ダム建設にまつわる少女「オルタンス」を主人公としたストーリーでした。その主題歌「川は呼んでいる」は、軽快なメロディーで日本でも大ヒットしました。「デュランス川の流れのように、走れ走れ可愛いオルタンスよ!」の軽快な歌詞を覚えている方もいると思います。「デュランス川とハンニバル」と聞き、私の夢は膨らみました。 さて出発地の「ヴァランス(Valence)」は、フランス南部の「ローヌ川」の谷にあります。列車で一路ローヌの谷を下った私は、13時過ぎにヴァランスの駅に着きました。ここからマルセーユ方面への本線と分かれ、ブリアンソン行きの路線が出ています。発車の時間にはまだ早いので、駅ビル内のカフェでビールとサンドイッチを摂りました。周りはフランス人ばかりで、フランス語が飛び交います。私の即席フランス語でも、何とか用は足りました。トンネルを出ると、目の前にデュランス川のダムが現れました。いよいよ、ブリアンソンへ さて発車20分前にホームへ行くと、すでに終点「ブリアンソン行き」の列車が入線していました。嬉しいことにフランスでは、ローカル線でもまだまだ機関車牽引の客車列車を走らせています。最後尾の1等車に乗ると、席はガラガラでした。14時05分の定時に、列車はゴトリと静かに「ヴァランス」を出発しました。走ることしばし、南に向かってマルセイユ方面の本線を行きます。間もなく本線と別れた列車は、方向を東に向けました。列車は谷を分け入って走りますが、両側の山の露頭は南フランスに特有の白亜の石灰岩です。途中の「Veynes」で南のマルセイユから来る路線と合わさり、この線は北のグルノーブルへ向かいます。列車は更に東へ向かい、16時にこの地方の中心地「Gap」着きました。ちょうど学生の下校時間に出会ったのか、女子学生の一団が乗り込んで来ました。さて列車は長いトンネルを入ると、その出口にはデュランス川の谷が待っています。地図で調べると、そこに映画に出たダムが現れるはずです。列車がトンネルを出た瞬間、デュランスの谷と憧れのダムと対面しました。思わず、「デュランス川の~」とメロディーを口ずさんでいました。古くからデュランス川は「暴れ川」で有名で、しばしば大洪水をおこしたそうです。これが原因で、ダムが建設されたようです。列車は湖岸をしばし走ると、17時過ぎに「Embrun」に着きました。この辺りは歴史文献によれば、確かに「ハンニバル」一行が通過しているはずです。ここから上流のデュランス川は急流になり、列車は川を渡りトンネルの潜ります。やがて前方が開けると、列車は18時15分ブリアンソン駅に着きました。 列車は終点のブリアンソン駅に着きました。 市内のホテル「ヴォーバン」に泊まりました。4階の右から2番目が、私の部屋です。
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