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バスクの民に幸あれ(1974年8月の旅)-Part1

ピレネー地方に住む
 
バスクの民に幸あれ(1974年8月の旅)-Part1
 
それは、少年時代のことだったか。フランスとスペインの国境に、「バスク」という人々が住んでいることを聞きました。またラジオからは、「ピレネーの山の男よ、いつも独り雲の中に、、、」なるメロディーが耳に響いてきました。バスクの人々はヨーロッパ最古の民族で、彼らが愛用していた帽子が「ベレー帽」として世界に広まったと言います。いつしか私の夢は憧れとなり、遥かバスクの地に飛んでいきました。
さて1974年のヨーロッパ旅行で、そのバスクの地を訪れる機会を得ました。この章を、私が愛してやまない「バスクの民」に捧げます。(なお当時の写真を使用していますので、鮮明でないことをお詫び致します)

スペイン側の麓「パンプローナ」から、フランス国境のピレネーを遠望しました。
 
フランス側から、バスクを目ざす
 
パリから南下した私たちは、南フランスのツールーズからピレネー山麓の町「Pau(ポー)」に着きました。駅の背後の丘に登ると、公園のテラスから憧れのピレネーの山並みが遠望できました。雲の間から顔を見せた峰々に、心は早くもピレネーに飛んでいました。さてポーに一泊した翌朝、列車でピレネー越えに挑戦しました。大きなドームを戴いたポー駅のホームに出ましたが、定時になってもこれと言った列車が見当たりません。ふと遥か彼方のホームの端に、2両編成の古い電車が停まっています。もしや?と思って近づくと、これが何とピレネー越えの列車でした。電車の車体は木造で、戦前の我が国の電車を思わすものがありました。ポーを発車した列車は、一路ピレネーを目指して平野から谷に分け入ります。途中の「サンジャン・ピエ・ドォポ」から、列車は「ガーブ川」に沿って進みます。谷の間から、ピレネーの峰々が顔を覗かせています。終点の「Bedous」で降り草原を横切ると、ガーブ川の渓流にでました。静流に足を浸していると、小学生の一団がやって来ました。妻が駅に戻ると、サンドイッチにバナナとミルクを買ってきました。

フランス側から列車は、ピレネーの谷に入って行きました。右はピレネー山麓に立つ妻です。ミニスカート姿の妻は、20歳代の後半でした。


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